2006 年
10 月
13 日
カテゴリ:活動報告
国立駅舎と「信州の西洋館」
〜失って感じる時の重さ〜
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昨日一晩泊まりで、信州へ出かけました。厳密に言うと八ヶ岳のふもとにある、文学者であった亡き母が書斎に使っていた山小屋の水ぬきなど冬支度をするために行ったのですが、そこで思いがけないことに出会いました。母の本棚に黄色く日に焼けた「信濃毎日新聞」の切り抜きがあるのが目に留まり、記事を見て私は本当に驚いてしまいました。「平成5年8月10日」と母の字で欄外にメモがありました。 昭和3年に東京目白に作られた尾張徳川家の本邸である西洋館が取り壊されそうになった昭和43年、八ヶ岳高原の別荘地に移築し、現在は「八ヶ岳高原ヒュッテ」として第2の人生を有意義に生きているという記事です。もしかしたら皆さまも“高原にいらっしゃい”というテレビドラマで、その立派な木造作りの西洋館をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。 現在、戦前に作られた木造建築物は、土地の高度利用の波に呑まれ、全国的に取り壊されているが、「信州」は、首都圏から嫌われた古いが価値のある西洋館を次々に受け入れているという内容でした。 この八ヶ岳にある西洋館は、中世に由来するイギリスのチューダー様式で、柱や梁(はり)の木材をむき出しにする所に特徴があるそうです。木の肌を表に見せる点では日本の伝統木造に似ているが、斜めの材が走っていること、使われている木材の総量が多くトップクラスのチューダー様式であると、東大の藤森照信先生が解説を書いておられます。 さて、10月9日限りで、大正時代の面影を残した貴重な建築物である国立駅舎が、取り壊されます。政争の具になった結果と、後世に語り継がれる国立史だと、私は思っています。 個人的には、幼い頃よりずっと身近にあった赤い三角屋根の駅舎には、思い出がたくさんあります。昨日も今日も、駅舎の写真を撮ったり、写生をしたりする人の波で、本当にこんなにも国立駅舎は市民に愛されていたんだなと、改めて感無量でした。市の配布物3000枚もすぐになくなったそうで、市民の関心の深さは並々ならぬものがあります。7日、私たち生活者ネットも遊説をして、現状を訴えるチラシを1000枚も受け取ってもらえました。 失ってはじめてその価値がわかるとよく言われますが、今一度失ったものを、如何に本物に近い形で再築できるか、これから私たちには、まだまだ見守り続ける責任があります レプリカでもよいという議員に言いたい。これからの子どもたちのためにも、本物の価値をしっかりと知っていただきたい。子どもたちのために駅舎を”政争の具”にしてはいけません。
国立駅舎と信州の西洋館、どちらも戦前の貴重な木造建造物です。徳川家の西洋館は今も人々の目に触れ、活き活きと輝いているのを見て、国立駅舎を一時的にでも解体することになった責任はずっしりと重いと感じました。 ちなみに明日10月10日は母の10回忌です。
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